第4回東邦ピアノセミナー報告

第4回東邦ピアノセミナー報告

講座当日のスケジュール ~平成22年7月25日(日) 会場:文京キャンパス

10:30~12:00 講座1 担当:井上 登喜子
「時代様式に基づいたピアノ演奏とは-4」
ロマン派の音楽と形式原理~シューマン≪子供の情景≫の形式をめぐって

13:00~14:30 講座2 担当:春日 洋子
「身体とピアノ演奏-2」~自分の音楽を表現するために~

14:45~16:15 講座3 担当:砂原 悟
「ショパンらしく弾く」

10:30~16:15 レッスン
16:30~17:30 懇親会

今年の東邦ピアノセミナーの様子を、講座を担当された3人の先生にお伺いし、みなさんにご報告したいと思います。春日先生、砂原先生、井上先生よろしくお願いします。

春日 洋子
春日:
今日は第4回東邦ピアノセミナーのご報告ということで、講座を受け持ってくださいました砂原先生、井上先生にいらして頂きました。
東邦ピアノセミナーは、3年前平成19年に音楽大学という教育機関からさまざまな情報を発信し、クオリティの高い講座をみなさんと共有して行こうということで始まめした。今年で4回目となるこのセミナーでは今回2つ新しいことを試みてみました。
一つは講座のスタイルを変えたこと。もう一つは懇親会を新しく実施したことです。スタイルについては3つの講座を同時進行するのではなくて、順々に開講することで、みなさんが受講しやすいようにしました。レッスンも同時進行で行いました。次に懇親会について。私たちピアノ専攻の教員とせっかくいらしてくださった方々と交流を持ちたいと思い企画しました。
今回の講座は井上登喜子先生に「時代様式に基づいたピアノ演奏とは」の4回目、“ロマン派の音楽と形式原理”ということで、シューマン作曲の『子供の情景』を題材に講義して頂きました。2つ目の講座は私が担当した「身体とピアノ演奏」の2回目、これは身体理論と実践という形で行いました。3つ目は砂原先生の「ショパンらしく弾く」、今年はショパン生誕200年という節目の年です。ショパンの音楽の秘密をさぐった演奏論って言うんでしょうか。
では井上先生今年初めて講座を持って頂いたわけですが、まず全体の印象をお話頂けますか。
井上:
三つの講座を通してみると、音楽学的な作品解釈、演奏する身体に注目した身体論、そして演奏論という、演奏にとって欠くことのできない三つの領域を繋ぐかたちになっています。私は音楽学を専門としているのですが、西洋音楽の研究では、長い間、作品そのものの研究と「演奏」と言うものが分断されてきた経緯があります。近年になってようやく、音楽を研究するには「演奏」や「演奏する身体」を避けては通れないことに学者たちは気づいて、身体論とか演奏論の研究に本格的に取り組むようになったのです。このピアノセミナーでは、作品論・身体論・演奏論という三つの領域が流れのなかで融合したという点で、意義あるものとなったのではと思います。
春日:
それぞれに特徴と個性があって。しかもそれが今お話しされた通り融合されたということ。

井上:
そうですね。身体論や演奏論が、音楽作品と乖離しているのでなく、両者は相互に関連し、影響しあっているということを私たちは意識して考え、伝えていかなければいけないと改めて感じました。
春日:
では、砂原先生にお伺いします。
砂原:
セミナー対する集中力が年々高まって行っていると感じました。いつも受講される方々の熱心さを感じますが、今年は特に強く感じました。今までは分科会という形で、部屋を3つに分けて同時進行だったのですが、今回から講座を順々に開講しています。それぞれの講座にかなりたくさんの方がご参加くださいました。このレッスンと講座を通して1日過ごした方もいらっしゃったので、有意義だったのではないかと。井上先生がおっしゃったように、3つの講座が全部違ったタイプのものであるということに意味が出てきたかなと思います。
春日:
みなさん卒業なさって、お仕事していらっしゃるとスケジュール・・・自分のために時間を使うということはとても難しいと思います。この1日のためにいらして頂いて、年々その熱い思いがこちらにも伝わって来た気がしましたね。

では、次にそれぞれ担当された講座の主旨、受講生からの反応や手ごたえをお伺いしたいと思います。井上先生お願いします。

井上 登喜子
井上:
私は、シューマンの『子供の情景』をとりあげ、「ロマン派の音楽と形式」を考えることをテーマとしました。この曲は一般によく知られた名曲ですが、十三の小品が連なった全体像は案外捉えにくい一面を持っています。講座では作品解釈への音楽学的アプローチを示すことに主眼を置きました。まず、過去から現在までの音楽学者によるこの曲に対する見解(いわゆる「先行研究」)を辿りながら、シューマンが十三曲をどのような意図で配置し、構成したのかを探っていきました。また、シューマンの創作が、同時代のロマン主義文学と根底で深く結びついていることにも注目し、『子供の情景』にみられるシューマンの楽曲構成の原理について考えていきました。このような作品解釈のアプローチは、研究者だけでなく、演奏する人たちにとっても役に立つものであると思います。先人たちの考えを知り、自ら作品解釈を行うことは、演奏者がどのように音楽を表現したいかを考える際の助けになるのではないかというのが、そもそもの講座のねらいです。受講者の方々からは「作品を追求していくのは楽しいですね」という感想が多く寄せられました。
春日:
曖昧だったものが確信を持てたと言うか、自信を持たれた方が多いんじゃないでしょうか。
さすが音楽学のお立場からの講座で、しっかり研究されていて、内容的にはすごく具体的でわかりやすかったです。「子供の情景」って誰もが勉強する作品ですし、生徒を指導する上でも非常に役に立ったと思います。
砂原:
演奏する立場から言うと、なかなか音楽学の方とコミュニケーションを取るってことがなくて。そういう形でこうコンタクトを取れるってことはすごく大切な機会だなと思いました。
井上:
今回の講座では、小林律子先生に演奏して頂いたのですが、机上での議論から一歩踏み込んで、「演奏」として提示していくことの大切さを実感しました。
春日:
やはり何事も2つがバランスよく機能していくって言うのは必要だと思いますね。

砂原:
こういうスタイルが今後活用されるといいですね。

ありがとうございました。次に春日先生お願いします。

春日:
はい。続いての私の講座は対照的に感覚的な講座です。身体の内部、つまり目に見えないものですし、非常に感覚的なものです。だからこそ身体そのものの理論というのがすごく大切だと思ったんですね。それは解剖学的なことではなくて、ピアノ演奏するためにどういう部位がどのように機能するかを一応理論的に知っておくこと。それから感覚、それを感じる…。そこに照準を当てました。その辺が上手く伝えられたらいいなと思って行いました。バレエのプロでいらっしゃる安達悦子先生に来て頂きました。実際にその動きを見て、私が演奏しながら音楽やリズムを感じて頂く。音符を見て弾くのではなくて聴いて、身体で感じて動かしてみるというスタイルにしました。今年の方がかなりみなさん積極的に動いてらしたのを感じました。
砂原:
聴いているだけじゃなくてね、本当に参加してね。熱気がすごい。実際暑くて。
春日:
きっかけがないとね。身体論っていうのは今すごく盛んで、ここ数年著書もずいぶん出ていて、いろいろなアプローチの仕方があるんですが、私はとにかく音楽に合わせて身体を動かすとことを経験して頂きたくて。でもいきなり動かすのではなく、その前に理論を説明して。やはり自分の身体は、一番近くにありながら、思い通りにいかないものですし。わかっていても実際自分の中で“普通”の状態になるにはすごく時間がかかると思います。そのきっかけになればと思って講座をしました。
井上:
私も参加させて頂いたのですが、ピアノ指導者の方々の中には、身体を動かすことを生徒にどう指導するか、特に小さい子供たちにどのように教えるかを悩んでいる方は多いと思います。そうした方々にこの講座を広く宣伝したいと思いました。
砂原:
大好評のためアンコール企画なんですよね。前回の時との違いはありましたか?
春日:
前回よりもう少し突っ込んで、詳しく身体の構造のことをお話しました。こういうのって1回聞いただけでは何となく通り過ぎてしまう。同じことでもあったんですけど。音楽の方ももっと幅広く選んでみましたし、それから最後に小学生の方に来て頂いて実際に座らせて指導する際に注意するべき身体のことや簡単な動きを試してみました。

ありがとうございました。砂原先生お願いします。

砂原 悟
砂原:
毎回一人の作曲家について掘り下げているシリーズです。今年はまたシューマンイヤーでもありますが、ご要望があったショパンについてやらせて頂きました。巷でショパンを扱った講座が今年は多く開かれていましたので、なるべくネタがダブらないものということで、大変苦労いたしました。意外と声楽との結びつきというのはあまり語られてないような気がしまして、それで今回ベルカントとの関わりとかですね、それからちょっと音楽学とは違うんですけど和声的なことだとか。
春日:
実際に先生がお弾きになって、ここがというポイントが良くわかりました。
砂原:
また普段僕が感じているんですけども、ショパンの不思議なメトリックですね。このことについて触れてみようと思って。大体この3つの事が中心になったかなと思います。
今年は特に人数が多かったので、手ごたえは良かったです。前回は最初に人数の多い全体会があって、そのあと分科会だったのですが、今回はすべて全体会のような感じでした。
春日:
そうですね、全体会が3つみたいな感じでしたね。

次にレッスンについてお聞きしたいんですけれども。練習室を朝から開放されていたそうですが。

春日:
とにかくとても熱心ですね。普段それぞれに自分の勉強をなさったりレッスンに行かれたりしてらっしゃると思うんですが、また全然違う環境の中で。
砂原:
継続的にやるレッスンとはまた違う、ある意味刺激があるのかなと思いますけど。
春日:
ただとにかくよく練習なさっていて。結構弾き込んでいらっしゃっていました。
砂原:
結構年配の方が多くて。失礼な言い方ですけど、卒業されてからかなり時間がたっているのに、それをきちっと続けてらっしゃるのは感じましたね。
春日:
それとやっぱりレッスンを受けるその勇気っていうのかな。私たちがそこに少しでも役に立てて、一緒に勉強できたら嬉しいですね。

今年初の試み、懇親会についてお聞きしたと思うのですが。

春日:
みなさん和やかにお話なさっていました。最初ちょっと心配していたんですが、初対面の方々もまた卒業生同士も懐かしそうに…。それと講座への質問もありました。
砂原:
OBと一般参加の方が両方いらして頂けて、我々も顔見知りの方とそうでない方、幅広く交流できたということはありますね。
春日:
新鮮でした。どちらからいらっしゃいましたか?と言って、和やかにお話されていましたよ。そうやって輪が広がって行くといいかなと思っています。やはりみなさん悩まれていると思うんでよ、現場で。結構共通している問題が、あるんじゃないでしょうか。
砂原:
このセミナーが年に1回のみなさんの集まりになって行ければ嬉しいですね。

最後にまとめと次回の告知。全体を通して印象に残っていることなどありましたら。

井上:
今回ピアノセミナーに参加させて頂き、私自身も「大学が社会に何を発信すべきか」ということを改めて考える貴重な経験となりました。

ありがとうございます。砂原先生お願いします。

砂原:
今回この講座を3つに分けて、3つとも受講できるようにしたってことは良かったと思います。来年も続けて行くつもりです。この3つの講義内容が常にいろいろな視点、幅広い視点ですかね。そういうことを忘れないで続けて行こうと思っています。

春日先生お願いします。

春日:
井上先生、砂原先生がおっしゃったように、私たちピアノ専攻として学生を指導するにあたって時代様式に基づいた演奏を根本的に大切にしています。時代様式に基づいたとはいえ、いろいろなアプローチの仕方がありますから講師の先生が角度を変えて、みなさんに発信していくことを、今後もずっと続けて行きたいなって思います。

次回の告知がありましたら。

春日:
今年と同じ7月の第四日曜日7月24日に行います。スタイルも今年と同じにいたします。講座の定員も増やすつもりです。内容は「時代に様式に基づいたピアノ演奏とは-5」中島裕紀先生、「児童期のピアノ指導教材の研究-2」國谷尊之先生、作曲家シリーズ「シューベルト」小林律子先生。新しい課題も見えて来ましたので、またいろいろと検討しながら改善して行きたいと思います。

本日はありがとうございました。

レッスンの友社出版の10・11・12月号に渡り東邦ピアノセミナーが掲載されています。



「時代様式に基づいたピアノ演奏とは-4」
ロマン派の音楽と形式原理~シューマン≪子供の情景≫の形式をめぐって
講師:井上 登喜子

ピアノセミナー:時代様式に基づいたピアノ演奏とは‐4

この講座では、ロマン派の音楽と形式について音楽学的アプローチから考察することをテーマとしました。今回は、ロベルト・シューマンのピアノ作品《子供の情景》を取り上げ、この時代にシューマンがめざした「新しい形式」とは何だったのかをさまざまな角度から追究していきました。
《子供の情景》の形式をめぐっては、これまで複数の研究者によって組曲や変奏曲、連作歌曲との関連が議論されてきました。こうした先行研究を概観した後、各曲を曲集全体の文脈の中で捉え直すことにより、各曲が多層的に交錯し合っている点に注目しました。シューマンは、《蝶々》《クライスレリアーナ》《謝肉祭》のように、数々の小品を大きな作品にまとめていく方法に長けていましたが、小さな曲を積み重ねる中で、単なる並列や変奏ではない、他の曲と呼応しあうような「開いた形式」を試みたと考えられます。また、彼のこうした創作上の試みは、同時代のドイツ・ロマン主義文学の形式や思想とも深い繋がりを持っているのです。
このような作品解釈と小林律子先生の演奏のコラボレーションによって、講座は進行していきました。

「身体とピアノ演奏-2」
~自分の音楽を表現するために~
講師:春日 洋子

ピアノセミナー:身体とピアノ演奏‐2

今回は、2回目ということで更に具体的に身体の構造を確認し、音を出してから消えるまでの動作を検証しました。腕・指先だけではなく、身体全体をトータルで捉えることが重要であること、そしてブレスと脱力との融合についてお話した後、安達悦子先生のご指導で、実際に身体を動かして頂きました。日頃はピアノを弾いて音を出しているわけですが、逆に演奏を聴いてリズムを身体の内側で感じてみたわけです。動かしていくうちに自然に心も緩やかになられた様子が伝わってきました。また小学生に来て頂き、指導する際に気をつけたい身体のこと、そしてただ正確に弾くために、音楽の流れが損なわれないよう簡単な動作を試みました。
演奏には、作品に目を通し技術的な練習と音楽のための練習が必要です。生きた音楽にするためには、まずピアノという楽器を操る身体に興味を持つことが大切です。自分の芸術的イメージをビブラートさせ、楽器と共鳴する身体感覚の必然性を意識するきっかけになって頂けたと思います。

「ショパンらしく弾く」
講師:砂原 悟

ピアノセミナー:ショパンらしく弾く

ショパンイヤーである今年、あらためてショパンの音楽へのアプローチを考えてみました。私自身、ショパンは取り組みやすい作曲家ではなく、「ショパンらしく弾く」ことは自分自身の課題でもあります。
ショパンの音楽はヨーロッパの伝統的な音楽に加え、祖国ポーランドの民族性、またイタリアのベルカントの世界を融合させた独特のものといえるでしょう。ピアニストにとって彼の作品はもっとも重要なレパートリーであるのですが、その独特な世界観に踏み込んでいくことは決して容易なことではないと思われます。
そこでさまざまな角度からのアプローチを試みました。
1. まずベリーニをはじめとするイタリア・ベルカント作品を聞いて頂き、ショパンの旋律により歌唱的なイメージをもつことや、装飾を声楽的に施すことの大切さを感じて頂きました。
2. 和声の特徴を観察することによって、それまでの常套的な手法とショパンならではの斬新な手法を聞き分けました。
3. またショパンのトレードマークともいえるテンポルバートや、独特のメトルム構造(拍節)を考察しました。
これらを通じてショパンの新しい側面を感じて頂けたなら幸いです。

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