第12回 東邦ピアノセミナー報告

第12回 東邦ピアノセミナー報告

第12回東邦ピアノセミナーを7月29日(日)、文京キャンパスで行いました。講座の内容は以下の通りです。

■講座1 「心に響く演奏表現をめざして」~表現を高めるためのテクニック~
講師:大場文惠先生[東邦音楽大学・東邦音楽短期大学 ピアノ主任/教授]

演奏表現は、それぞれの感性、和声・楽曲分析・音楽史などの知識、及び培ってきた経験によって形成されます。そしてそれは、音によって演奏として実現されなければなりません。演奏を支えるのはテクニックです。本講座では、あらためてテクニックについて考えたいと思います。このたび東邦では、附属中学の生徒から大学院生まで使うことのできるオリジナルテキスト「表現を高めるための毎日のピアノエクササイズ」を、ピアノの教員が総力を結集して作成いたしました。そのテキストを使って、基本のテクニック、さまざまなテクニックについて考えて参りましょう。なお、ご参加頂いた方には、テキストを進呈いたします。

■講座2 「J.S.バッハ:二声インヴェンションから広がる世界」~ポリフォニー音楽に触れる喜びとその意義~
講師:國谷尊之先生[東邦音楽大学・東邦音楽短期大学教授]

第10回東邦ピアノセミナーにて行った二声インヴェンション講座の続編です。各曲の特徴、調や和声の表現、原典版の活用法、装飾などについて考察し、その演奏法と指導法を探ります。また、インヴェンション等のポリフォニー音楽に触れることで身に付く表現が、他の作曲家の作品を演奏する際にどのように生きるかについても見ていきます。

ここでは、第12回ピアノセミナーの様子をお伝えします。

 毎年恒例となっている東邦音楽大学主催の東邦ピアノセミナーが第12回を迎えた。7月29日に東邦音楽大学文京キャンパスの記念館ホールで行なわれたこのセミナーは、2つの講座と個人レッスンに合わせて102名の受講者が参加。講師はいずれも東邦音大の教授が担当した。


 まず大場文惠氏を講師に迎え、『心に響く演奏表現をめざして~表現を高めるためのテクニック~』と題された講座1。受講者には学内のプロジェクトにより制作された教本『表現を高めるための毎日のピアノエクササイズ』が配られており、これを参照しつつ「ピアノの基礎テクニックを正しく身に付けるには、どんなエクササイズをどのように行なうべきか」を軸に話が進められた。
「基礎テクニックは演奏を変えるためのものであり、ハノンなどをただ繰り返すだけでは本当には身に付かない」という前提のもと、自分の身体の動きを正しく意識しつつ、“聴く力”を養うということが強調された。例えばスケールはそれだけで行なうのではなく、同じ調性の中でスケール・アルペジオ・カデンツを学ぶことで、調性感覚を身に付けることができる。また、カデンツには強弱記号が付いていて、それを繰り返すことで曲中でも「和声に従ってどう強弱を変化させるか」を自分で判断し、表現に繋ぐことができるようになる。さらに、音を出す前には管楽器のようにブレスをすることで、音の響き自体も変わるという。そしてどの練習においても、暗譜した上で自らの音を注意深く聴きながら行なうことが必須である。「エクササイズとは指の練習ではなく、集中力、思考力を養うもの」であり、「集中力とは、聴く・考える・感じるということ」と締めくくられた。普段、生徒に決まりごととしてやらせている毎日の基礎練習について、改めて考え直す良い機会になったのではないだろうか。


 國谷尊之氏による第2講座では、『J.S.バッハ:二声インヴェンションから広がる世界~ポリフォニー音楽に触れる喜びとその意義』のタイトル通り、強弱記号やアーティキュレーションも最低限、速度記号さえ書かれていないこれらの曲を(誰かをお手本としてではなく)どう演奏するか、「曲のキャラクター」「全体の構成」「音楽の三要素(リズム/ハーモニー/メロディ)」を手掛かりに読み解いていった。
 例えば第6番を例に取ると、この曲は軽やかな舞曲調であり、8分の3拍子は4分の3拍子よりも1小節をひとまとめに捉える度合いが強い。実際1小節にひとつのハーモニーをあててあり「4小節で1つのフレーズ」という意識が強固だから、あまりゆっくり弾くことはできない。また、頻繁に出て来る32分音符は「書かれた装飾音符」であり、このモルデントが重要なモチーフとして展開していく、等々。他の曲に関しても和声はもちろんのこと「音程の幅の変化」「曲中で最も高い音/長い音」など様々な点に目を向けて、単に《インヴェンション》を弾くだけに留まらない、譜面から表現を読み取るために意識すべきポイントを示してくれた(実際に、これらの手法を用いている例としてベートーヴェンのピアノ・ソナタ第1番なども取り上げた)。
 何より、単に「ここはこう弾くべき」というレッスンではなく、音楽に対する興味をあらためてかき立てられるような、楽しい講義であることが印象に残った。

(文=今泉晃一)

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