第16回 東邦ピアノセミナー報告

第16回 東邦ピアノセミナー報告

学生のそれぞれの成長に寄り添う、きめ細やかくあたたかい指導により、幅広い分野で活躍する卒業生を輩出してきた東邦音楽大学。7月30日に、同大学の指導陣によるレッスンと講座「東邦ピアノセミナー」の第16回が開催された。このセミナーではピアノの個人レッスンや学生によるオープニングコンサートなどが行われるが、メインとなるのは毎年様々なテーマによってピアノ、そしてピアノ音楽について探求できる2本立ての講座である。

■講座1 「ショパンを弾く~ショパンと“うた”~」
講師:小林 律子先生[東邦音楽大学教授]

今年の一つ目の講座は、小林律子教授による「ショパンを弾く~ショパンと“うた”~」。ショパンは“ピアノといえば…”と考えたとき、多くの人の頭にすぐに浮かんでくるほど人気がある。実際、東邦音楽大学の実技試験でも多くの学生が選ぶという。しかし彼の音楽は実に多くの要素が絡み合って生まれており、そのポピュラリティに反し、演奏や研究においてはその複雑さに悩まされる作曲家でもある。そこで今回小林教授は2段階の講座でこの作曲家について紐解いていった。まずは「ショパンの人や人格、音楽観」。ショパンは最初に師事したピアノ教師であるヴォイチェフ・ジヴニーからJ.S.バッハやモーツァルトを通してピアノ奏法や作曲法についても教えを受けた。ジヴニーからの指導はショパンの音楽の基礎を形成するものとなり、実際、彼のバッハへの傾倒というのは生涯変わることがなかった。さらにクープランやスカルラッティも好み、モーツァルトはショパンにとっては神に等しい存在であったという。こうした彼の音楽観は、練習曲集をはじめとする、ショパンの他の作曲家にはない繊細なテクニックに結び付いていることを裏付けるものである。
またショパンの人間性についても言及された。彼はステージでの公開演奏よりもサロンや小さな集まりでの演奏を好んだが、それは彼のシャイな性格と共に、即興を大変好んだということも関係しているという。ピアノ協奏曲を弾いている時ですら即興してしまうほどだったということで、自然とステージでの演奏や誰かとの共演を避けていくようになったそうだ。確かに現在ショパンの楽曲はノクターン一つとっても弟子のために書いた様々なヴァリアントが遺されており、様々なアイディアを保有していたことがよくわかる。
2つめの段階として小林教授は「“うた”がピアノにとって何なのか」をテーマに、ショパンが愛した“うた”と彼の作品のかかわりについて解説した。まず、ショパンは19曲の歌曲を遺しており、しかもそれは生涯にわたって書かれている。いずれも小さな作品であるが、彼ならではの美しさに満ちたもので、今回の講座では19歳の時の作品である「乙女の願い」と28歳の時に書かれた「春」の音源を聴く時間も設けられた。
ショパンの歌曲作曲家としての魅力が紹介されたあとは、《前奏曲集》(Op.28)の第4番、《夜想曲集》の第20番(遺作)を実際に小林教授が演奏しながら、声楽とピアノという特質の違う楽器で、どのように“うた”を表現するかについて言及。まずはピアノが声楽とは違い音が伸びないこと、重音が弾けることなど、“うた”から非常に遠い楽器であることを自覚することから始める必要があるという。そこで歌を模倣するためにフレージングや音色ペダリング、テンポ、ルバートなどを工夫しながら演奏していくことが重要ということを解説。実際に演奏されながらの解説は非常に明快で、歌を愛し、ベルカント・オペラの影響を受けた旋律線を書いたショパンの作品をどのように演奏すれば美しいものになるかということがよくわかる講座であった。

■講座2 「連弾の奥深い世界~その演奏法と指導法」
講師:大場 文惠先生[東邦音楽大学特任教授]

二つ目の講座は大場文惠教授による「連弾の奥深い世界~その演奏法と指導法」。連弾という幅広い年齢層が気軽に楽しめるピアノアンサンブルについて、知識と考え方を知ることで、さらに音楽的価値を高めた美しい演奏を目指すというもの。大場教授はまず連弾の歴史について言及。1709年にピアノが発明されたところから、産業革命により多くの家庭で音楽が楽しまれるようになり、連弾曲の需要が高まった。音楽が教会や貴族から市民のものとなり、自分たちでも気軽に交響曲や室内楽曲を演奏したいという希望も増え、多くの編曲作品もこの時期に生まれている。
 続いては連弾そのものの魅力についての解説に移った。大場教授は「響きの豊かさや共演者同士の一体感」が連弾の魅力だと語ったが、確かに異なった個性を持つ奏者が共に演奏することで、より響きの幅が広がり、多くの感動が生まれることにつながる。連弾は最小の室内楽ともいえるアンサンブルでもあり、連弾を多く経験することで様々な楽器や声楽との共演に活かされることも多くあるだろう。
その後はモーツァルトの《ソナタハ長調》(KV521)を題材に、椅子の位置、始め方や呼吸と、基礎の部分から丁寧に解説された。特に二人の奏者が同時にはじめる楽曲というのは開始の仕方が難しいため、多くの奏者にとってのヒントになったことであろう。フォーレの《ドリー》から〈子守歌〉、ラヴェルの《マ・メール・ロワ》の〈親指小僧〉といった作品を用いて、ゆりかごの心地よい揺れ、親指小僧が森の中を彷徨う様子や雰囲気を作るためのフレージングや呼吸、そしてその表現法を理解することができた。
 さらにドヴォルジャークの《スラヴ舞曲集》(Op.72)の第2番やブラームスの《ワルツ集》(Op.39)の第15番では響きのバランスにペダリング、楽曲解釈についても細かく言及。気軽だが、実に奥の深い連弾の世界というものを垣間見ることのできる時間となった。特に音色の選択や相手のパートを聴きながら自分がどのようにバランスを作っていくかなど、実践的な解説が非常に多く取り入れられていたため、ピアノ奏者や指導者が多く参加するセミナーにおいて受講者たちは多くの実りある時間を過ごすことができたはずだ。

今回はソロ、連弾と違った角度からの講義が行われたが、音色の探求やピアノという楽器を用いて“歌う”ことによって生み出される音楽のすばらしさを改めて実感することができた。特に実演が多く取り入れられたことによるわかりやすさも印象的であり、東邦音楽大学ならではのきめ細やかさというものを改めて実感するセミナーであった。

(文=長井進之介)

PAGE TOP