第11回 東邦ピアノセミナー報告

第11回 東邦ピアノセミナー報告

第11回東邦ピアノセミナーを7月23日(日)、文京キャンパスで行いました。講座の内容は以下の通りです。

■講座1 「心に響く演奏表現をめざして―リズム感―」
講師:小林律子先生[東邦音楽大学・東邦音楽短期大学准教授]
■講座2 「シンギングトーン~響き歌う音~を求めて」
講師:野田説子先生[東邦音楽大学・東邦音楽短期大学専任講師]

後日、ピアノ専攻主任教授の大場文惠先生の司会で「セミナー報告座談会」を開きました。そのときのようすをお伝えします。

大場
先生方、ピアノセミナーの講座を担当してくださりありがとうございました。
今回のテーマは先生方に決めていただきました。どうしてこのテーマをお選びになったか教えていただけますか。まず講座1で「心に響く演奏表現をめざして―リズム感―」を担当された小林律子先生から伺います。
「リズムとは何か・・・「リズムとテンポ」について解説しました」
小林
なんとなく「リズム」は気になるテーマでした。講座のお話をいただいて、さてテーマをどうしようかなと考えていたときに、昨年の大場先生の講座「心に響く演奏をめざして~不協和音の魅力・威力~」を思い出しました。それまで「時代様式」をシリーズ化していたので、今度は「心に響く演奏をめざして」をシリーズ化してもいいのではと思い、リズムを選びました。
大場
リズムは音楽の3大要素の一つですから、とても大切ですね。
小林
学生の演奏を聴くと右手と左手に対する意識がアンバランスだと感じることが多々あります。リズムは左手が主導権を握ることが多く、その表現は極めて難しいです。私自身、リズムの表現の難しさと質の高さは日々実感していました。 リズムの成り立ちを調べたら壮大でしたので、1時間半にまとめるのは大変でした。
大場
小林先生は研究熱心でいらっしゃるから、どんどん深まっていったのでしょうね。
「リズムの根源について解説する小林先生」
小林
一般的なリズムに関する講座では「ショパンのワルツを弾こう」など舞曲系を取り上げることが多いです。しかし、調べていくうちにもっと根源的なことから見ていく必要があると思うようになりました。
大場
根源的というのは難しいでしょうね。
小林
はい。リズムというものが、最初は何だったのか・・・。古代ギリシャの人々がいろいろと定義していますが、時代を遡るほど宇宙の原理と音楽が結びつくので大変興味深く感じました。孔子は宇宙の秩序と言い、プラトンも同様のことを言っています。
大場
具体的にどんなことでしょう。
小林
「人間の根源的なリズムは、2拍子である」と私が読んだ本にありました。また、19世紀には「緊張と緩和」など、リズムと体から起こるものとの一致に着目していました。 リズムは2拍子と3拍子に集約されるので、成り立ちを知っておくとイメージしやすいと思います。
大場
3拍子には、心地良さがあります。民族的な踊りにもありますし、何かのきっかけで生まれたのでしょうか。日本には3拍子がないですね。
野田
雅楽には、混合拍子ではありますが、「12」「123」と2拍子と3拍子を交互に繰り返すリズムがあります。
大場
まあ、そうですか!
野田
舞楽の時に演奏されますが、それを夜多羅(八多良)拍子と言います。私たちの日常で「やたらめったら」とか「むやみやたら」と言いますよね。雅楽由来の言葉です。また、雅楽には拍節の無いフリーリズムの曲があります。今まで小節線の中だけで音楽を捉えていたので、とても新鮮でした。
大場
私もほんの少しだけ能の鼓を齧ったことがありますが、リズムではなく言葉に合わせて打つことに驚きました。
野田
リズムは、心臓の鼓動や呼吸のような根源的で普遍的な営みでもあるのかもしれませんね。
大場
以前、東邦ウィーンアカデミーで教えてくださっていたペリンカ先生は、国立オペラ劇場の舞踏会でも踊られる方で、ワルツのステップを実際に踊って見せてくださいました。ワルツは2小節で一つのステップ、とてもテンポが速かったです。
野田
本学のピアノ科主催の公開講座で、講師の浜中康子先生がバロックダンスを教えてくださったときにも「メヌエット」のステップは2小節で一つの単位と伺ったように思います。
大場
同じ3拍子なのにテンポの違いによって面白いですね。
小林
リズムに興味を持ってくださるといいかなと思いましたが、具体的に分かりやすく話していくことは簡単ではありませんでした。動きやリズムの表情が大事だと伝わったら嬉しいです。
大場
続いて、講座2「シンギングトーン~響き歌う音~を求めて」を担当された野田説子先生お願いします。このテーマをお選びになった理由は?
「打鍵のメカニズムについて解説する野田先生」
野田
「音」は、普段から気になるテーマでした。以前、雅楽の笙を演奏することがありましたが、音がすぐに狂ってしまうため、いつの間にか洗い替えや調律まで自分で行うようになっていました。楽器を一度バラバラにしてから一つ一つの工程を経て、およそ2週間かけて「音作り」をします。そのときはいつも「良い音になってね」と語りかけながら作業していました。ですから、自ずと「音」に対して気を使っていったのだと思います。 声楽の人や管楽器・弦楽器の奏者は声作り、音作りに苦労しています。ピアノはあらかじめ調律されていますから、そういう面からいうと「音」に対しての意識が弱くなりがちかもしれません。 私たちの周りにはあらゆる音が氾濫しているので、ひょっとしたら音に対して私たちの耳が慢性化して鈍感になっているのではないでしょうか。そう思うと、音楽に関わっている者は心しないといけないかもしれません。 先日、15年ぶりにウィーン研修を引率してまいりましたが、ウィーンには未だに不要な音がありませんでした。これは反射しやすい空間ゆえに倫理的な配慮があるからなのでしょうか。当然、ヨーロッパと日本の音環境は違いますから、音に対する感性も違ってきます。そういう双方の違いを確認しながら、ではピアノで「歌う」ということはどういうことなのか。今回、いろいろと調べていくうちに興味深い発見がいくつもありました。ショパンも音に対しての美学を持っていたようですし・・・。 講座の後半では、ある一つの奏法をご紹介しましたが、これが絶対ということではなく受講者の方のヒントになればと願っております。
大場
「響き」ってそれぞれの感覚が違うので、これが絶対というものがないですね。
野田
何が美しくて素晴らしいものかはそれぞれの感じ方だと思いますが、自分のなかで理想の音を持つということが大切なのかなと思います。
大場
「美しい響きを出したい」とまず思うことですね。ただ音符をピアノに移して音を出すだけではなくて。
野田
思うか思わないかで全然違いますね。
大場
一つの音を出すときに何も考えずに出すか、自分で出したいと思って出すか。「歌う」ということに関してはレガート奏法が非常に大切になってきますね。
野田
音の響きが手の中で徐々に消えていく中で、次の音に溶け込んでいく感じですね。 また、今回お示ししたノンレガートは、切ることが目的ではなく、「響き」を生み出すねらいとして使われることもあるということでお伝えしました。ある一つの奏法や方法が唯一正しいということではなく、皆様の手がかりになればと思います。
大場
音楽は正解がないので、自分でどういうものを理想としてどういう風に演奏するかという思いを持つことが大切ですね。私たちはいつもレッスンで学生たちに働きかけています。この度は2人の先生方にたくさん勉強させていただきました。
小林
今回、「リズム」をテーマにしようと思ったときに、野田先生が「音」をテーマになさると聞き、その偶然に驚きました。音楽表現における根源的な要素が並んで嬉しくなりました。
野田
本当ですね。でもリズムって捉えどころがないですね。
大場
リズムもですが、私は「リズム感」も大事ではないかと思います。
野田
リズム感というだけで運動性があるように感じます。
大場
野田先生、雅楽でリズム感にあたるものはありますか。
野田
あうんの呼吸、というか大きなめぐりみたいなゆったりした運動性は感じます。
大場
やはり、リズムは呼吸も関係しますね。話は尽きません・・・。 この続きは、またの機会に♪
大場
先生方、今日は本当にありがとうございました。
<当日の講座内容>

講座1 「心に響く演奏表現をめざして―リズム感―」
講師:小林律子[東邦音楽大学・東邦音楽短期大学准教授]

“演奏表現について考える”、今回はリズムに焦点を当てます。「はじめにリズムありき」という言葉が示すように音楽におけるリズムの様相を理解することは演奏において不可欠な要素であり、重要なアプローチであると言えます。和声やメロディーを総括し、かつ手綱を握る存在であるリズム。音楽を形成していく上でのリズムの役割、内在する力を再考し、どのように演奏に反映させるべきなのか実例を交えながら検証していきたいと思います。

プロフィール
東京藝術大学附属高等学校、東京藝術大学を経て同大学院修士課程修了。同大学音楽学部弦楽科において伴奏助手を務めると共に、多くの著名な演奏家と共演。NHK-FM放送出演など多岐に渡る演奏活動を行う。また定期的にソロ・リサイタルを開催。いずれも各音楽誌上で好評を博している。東邦音楽大学・東邦音楽短期大学准教授。

講座2 「シンギングトーン~響き歌う音~を求めて」
講師:野田説子[東邦音楽大学・東邦音楽短期大学専任講師]

“ピアノは本来「歌う」ことが苦手な楽器です。発音の仕組みや打鍵後の音の減衰は打楽器のようです。そのような特性をもったピアノで西洋の「うた」を表現することは私たち日本人にとって容易とは言えません。ですが「歌うということ」は「生きることの一つの表現」と捉えてみたいと思います。この講座では音楽を成り立たせる「音」に目を向けて、響き歌う音とは~という問いを持ちながら、シンギングトーンへのアプローチを探っていきます。

プロフィール
東京生まれ。東京藝術大学ピアノ科卒業。田村宏、松浦豊明の各氏に師事。全日本学生コンクール東日本第2位。読売新聞社・文化庁後援ベートーヴェン生誕200年記念演奏会オープニング出演。日本ピアノ教育連盟会員。東邦音楽大学・東邦音楽短期大学専任講師。

PAGE TOP