第5回 東邦声楽セミナー報告

第5回 東邦声楽セミナー報告

第5回東邦声楽セミナーを8月29日(土)、文京キャンパスで行いました。講座の内容は以下の通りです。

講座 【オペラ現代事情とアンサンブル体験】
●第一部 《オペラの成り立ちからオペラ事情》
●第ニ部 《オペラの重唱・合唱を歌う》
講師:佐藤泰弘先生 [東邦音楽大学大学院・東邦音楽大学・東邦音楽短期大学教授]

講座終了後、声楽専攻主任教授の大島洋子先生と声楽セミナーの講師を務めた佐藤泰弘先生による「セミナー報告座談会」を開きました。そのときのようすをお伝えします。

大島:
佐藤先生、お疲れさまでした。講座を終えてのご感想をお願いいたします。
佐藤:
参加してくださった皆さんがすごく興味を持って、大いに笑ってくださったので嬉しく思いました。
「オペラを制作するときにどれだけの人が関わるかを参加者の皆さんに考えていただきました」
大島:
昨年までの声楽セミナーでは日本歌曲、イタリア歌曲、ドイツリートの講座を行ってきました。受講者の方から「自分たちも歌いたい」というご意見があり、前回から第二部に重唱・合唱を取り入れています。誰しもがソリストになれるとは限りませんが、合唱はどなたにも楽しく歌って頂けます。オペラにおいての合唱は非常に重要で、それぞれが生活と個性を持っている人たちの集まり(群衆)です。一人ひとりに受難が起き、それを越え、賛同したり反対したり・・・。ドラマや言葉の中にある愛情などを合唱から見出したいと思いオペラを選びました。今日の講座をオペラ舞台の最前線にいらっしゃる佐藤先生にお願いして本当に良かったです。ご見識も豊かで、お付き合いも多方面に渡っていらっしゃるので、現場の貴重なお話を伺えました。

―講座のなかでオペラのDVDを流しました

佐藤:
皆さんに見ていただきたいオペラは山ほどあります。その中で今回は話題がつながるように選びました。華麗な舞台もあれば、そんなに凝っていなくても出演者たちの工夫次第で面白くなる舞台もあります。
佐藤:
例えば、中国北京にある紫禁城を舞台にした《トゥーランドット》は、1998年にフィレンツェ五月音楽祭管弦楽団が中国政府文化省と協力して実際の紫禁城の内部の宮殿で上演されました。指揮者はズービン・メータ氏。出演者の衣裳は手縫いで1500着、観客席がステージ前に5000席とまさに豪華絢爛。オペラはお金をかけたら天井知らずなんです。舞台セットではない原作の場所で演じられると素晴らしいものが出来上がります。
大島:
確かにそうですね。一方で、日本のオペラ《蝶々夫人》の舞台を海外で見るとおかしな演出が多くなります。着物を着られる人がいないので中国服みたいな衣裳になったり・・・。日本の文化まで完璧に再現するのは難しいですね。
佐藤:
そうですね(笑)。また、お金をかけなくても面白い舞台はあります。2009年、イタリアのファーノという町のフォルトゥーナ歌劇場で行われたドニゼッティの《劇場における都合と不都合》は、稽古場のドタバタを描いたストーリーです。ヴィート・クレメンテ氏の指揮で、バリトンのパオロ・ボルドーニャ氏が女装してソプラノ役の母親を演じます。決して大きくない劇場ですが、指揮者との駆け引きなどコンビネーションが絶妙で心豊かにしてくれる作品です。低予算でも歌手がそれぞれ生き生きと演じれば、素晴らしい舞台が出来上がりますね。
G.ドニゼッティ作曲 オペラ《劇場における都合と不都合》のDVDを鑑賞。会場から大きな笑い声が・・・
大島:
これを見るとオペラの楽しみは場所でもなく、お金でもないですね。
佐藤:
はい。ちょっと極論だったかもしれませんが・・・。
大島:
歌手が「歌いたい」というエネルギーを持っていれば、いい作品に巡り合い、いいものができることが分かりますね。日本だけでなくイタリア、フランス、ドイツのオペラはそれぞれ個性があります。奥が深いので1日だけでは語り尽くせないですね。

―第2部では、G.ヴェルディ作曲オペラ《ナブッコ》より“行け我が想いよ”、M.P.ムソルグスキー作曲オペラ《ボリス・ゴドゥノフ》より“泣け泣け人民よ”、G.ヴェルディ作曲《椿姫》より“乾杯の歌”、オペレッタ《メリー・ウィドウ》よりワルツ“唇は語らずとも”の4曲を参加者全員で歌いました

いい声が出るように、まずは準備体操!
佐藤:
譜読みのような形で入りました。慣れないようすでしたが、指導していくうちにすごくメリハリがついて格段に変わりました!

―《ボリス・ゴドゥノフ》より「泣け 泣け 人民よ」はロシア語でした

佐藤:
日本国内でロシア語を使う機会はあまりありませんが、興味と好奇心を持ってチャレンジしてくださいました。予想以上の出来上がりだったと思います。
大島:
初めはカタカナ読みでしたが、上手に歌っていらっしゃいましたね。現在、日本国内にロシア語を指導できる歌い手が数少ないなか、ロシア語を勉強されている佐藤先生はとても貴重で「東邦の宝」ですね。

―オペラ《ボリス・ゴドゥノフ》研究-演奏家の立場からの作品論-は、佐藤先生の博士論文のテーマでしたね

佐藤:
そうです。「ボリスってどこがいいの?」と聞かれたことがあります(笑)。でも殺人者なのにオペラでは魅力的なんですよね。その落差が面白い!罪人は音楽で許されることがあるんだなと感じます。「そんな人殺しをするような悪い人が主役になるの?」と思うのでしょうが、作曲家が見事に逆転させています。

―オペレッタ《メリー・ウィドウ》より、ワルツ“唇は語らずとも”は発音が難しいドイツ語でした

大島:
最初に山崎先生が皆さんに、ドイツ語の発音練習をしてくださいました。そのおかげであっという間に違和感なく発音できるようになりました。もちろんドイツ語をご存知の方もいらっしゃったと思いますが、吸収の早さに驚きました。
山崎明美先生がドイツ語の発音方法をレクチャー。受講者のきれいな発音に「素晴らしい!奇跡かと思います!」と大絶賛していました
佐藤:
この曲の日本語訳詩は結構普及しているので、ご存知の方は多いと思います。でもドイツ語で歌うには抵抗を感じると思いましたので、時間の配分を考えました。それまでの仕上がりが早かったので、ドイツ語にゆっくり時間を取ることができたのも良かったです。
大島:
日本語で歌ってメロディを把握してからドイツ語の発音練習をし、ドイツ語で歌うという流れも良かったですね。
佐藤:
そう思います。最近オペラの分野は原語主義で字幕が付くという世界的傾向がありますが、オペレッタの分野ではいまだにロシアではロシア語訳詩で歌い、イタリアではイタリア語訳詩で歌われています。訳詩から入って、原語に戻ることが多いです。
大島:
日本でも最近はドイツ語で歌い始めることもありますが、それまではずっと日本語訳詩から入っていましたね。
佐藤:
はい。
大島:
佐藤先生がオペラにはどんな人が関わっているかということから話してくださった上でポイントに入りましたので、全体像が見えやすくなりました。さらにDVDの映像で耳と目に焼きつけることができましたね。
佐藤:
W.A.モーツァルト作曲オペラ《ドン・ジョヴァンニ》の食事のシーンを見ていただきました。私は26歳のときに本番で食べながら歌おうとしたら、「ゴホッ」となってしまったことがあります。食べながら歌うシーンが一番困ります・・・。
大島:
確かに食べるところは大変ですね。レポレッロの映像はくぎ付けになりました。スパゲティなどをいっぱい食べながら歌っていましたね(笑)。映像を見ていると他の人が歌っているすきにぱっと飲み込んでいるようにも見えます。でも実際は食べたふりをしている人の方が多いと思いますよ。
佐藤:
どうやって克服したらいいか、いまだに分かりません・・・(笑)。
大島:
佐藤先生、それは無理ですよ。気管を使いながら歌っているんですから、飲み込めないですよ。息も吸わなくてはいけないですし。口の中にちょっとした異物がひっかかっているだけで滑舌が悪くなりますでしょ。

―今後のセミナーについて

佐藤:
セミナーを開くことでオペラの素晴らしさを次の世代に渡していきたいと思っています。興味を持ってくれた若者が大人になったときにまた次の世代へとつなげてくれたら最高ですね。ですから、もっと若い方たちにも参加してもらいたいですね。
大島:
それから、いま指導者になっている方たちが「あっ、東邦ってこんなに素晴らしいんだ」と興味を持ってくださり、学生募集につながればいいなと思います。同時に卒業してしまうとなかなか学校にご縁がないので、母校に戻って来てくださるきっかけになればいいなと思います。
大島:
佐藤先生、今日は本当にありがとうございました。
<当日の講座内容>

「オペラの現代事情とアンサンブル体験」

総合芸術といわれるオペラという分野に焦点を絞ってレクチャーして、皆さんと一緒に演奏を試みます。

第一部 「オペラの成り立ちからオペラ事情」

オペラ成立から現代までの大まかなオペラ史を振り返り、オペラ舞台の仕組み、オペラ制作や稽古の進め方を語りながら、最近のオペラの世界的傾向や我が国のオペラ事情を皆さんと一緒に考えていきます。

第ニ部 「オペラの重唱・合唱を歌う」

オペラにおいて、華麗なアリアも一つの見せ場ですが、合唱や重唱は公演を成功に導く上で非常に重要な要素です。合唱や重唱を皆さんと一緒に歌唱して、アンサンブルを実体験いただき、理想のオペラ演奏を一緒に追求していきましょう。

講師:佐藤泰弘 [東邦音楽大学大学院・東邦音楽大学・東邦音楽短期大学教授]

東京藝術大学声楽科卒業。同大学院博士課程修了、博士号取得。モスクワ音楽院研究生修了。平成9年度文化庁芸術家在外研修員として渡伊後、ミラノに約9年留学。オルヴィエート市国際コンクール第2位(最高位)入賞。89年Bunkamura「魔笛」ザラストロで楽壇デビュー。03年第3回ロシヤ歌曲賞受賞。「エフゲニー・オネーギン」グレーミンは99年モスクワ国立劇場、00年新国立劇場、08年ニ期会公演に出演。05年ボローニャ・ドゥーゼ劇場では「ナブッコ」ザッカリーア出演。新国立劇場新制作「ニーベルングの指輪」ファフナー(01年、03年)で貢献。03年ニ期会公演「ばらの騎士」オックスでは演出家G.クレーマ氏に「チャップリンのような名演技」と称賛される。09年NHKニューイヤーオペラコンサートに出演。12年オペラ「エロディアード」ファニュエルが新聞批評で絶賛され、その成功が13年の日清食品GooTa一点豪華主義のCM主演に繋がり大ブレーク。昨年12月のオペラ彩「ラ・ボエーム」コルリーネ出演では指揮者V.クレメンテ氏に「君の熟練した芸術性と友情の絆に助けられた」と賛辞が送られた。今年2月は新国立劇場でレスピーギのオペラ「ベルファゴール」日本初演のミロクレート役で絶大な存在感を示して、各方面から高い評価を受けた。ニ期会会員。東邦音楽大学大学院・東邦音楽大学・東邦音楽短期大学教授。

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