声楽:岩見真佐子先生の教員レポート

 東邦音楽大学3年次必修科目の「ウィーン研修」。
2018年6月18日から7月2日までの第2回ウィーン研修17名、ピアノ専攻、声楽専攻、管弦打楽器専攻(ホルン、打楽器)、音楽創造専攻の研修の様子を先生方の言葉と共にレポートします。

 アカデミー到着。
夕食後は各々庭園へ散歩、からだを休めるなど自由に過ごします。研修の基軸となる「専攻実技レッスン」は、期間中アカデミーで開講されます。
 さっそくピアノ専攻学生たちの練習する音が全館から聞こえてくる…
いよいよウィーン研修のスタートです。

〝芸術家としてひとり立ちできるようにサポートを″
 翌日、トップをきってピアノ専攻Prof.Schӧnクラスがスタート。
期待と緊張の中、渾身の演奏をもって作品に取り組む学生たち。先生の言葉に安心して、集中力を高めていく。
フレーズ・ハーモニー・ペダル・指使い、林先生の通訳と共に楽譜を確認しながら細かく丁寧なアドバイスが続きます。
「自分の欲しい音を自分で作る習慣を」学生の自立を促す先生方は、全面的なサポートを惜しまない。


〝まず大切な練習方法から学びましょう″
声楽専攻Prof.V.Herbichクラスは、良い響きで歌うために必要な「身体づくり」「声作り」を目標に、それぞれの学生に向けた発声指導が中心。声楽の土台となる重要なアドバイスが続く。
先生と目を合わせながら1対1の個別レッスンが進んでいきます。
呼吸や姿勢、首や肩などの脱力の意識、歌唱を支える横隔膜の感覚、発音上の舌の位置や顔全体の筋肉の使い方まで、ていねいな指導。「自分の身体を良い楽器にしましょう」どの学生も大きな可能性をもっている。

♪Staatsoper ウィーン国立歌劇場
オペラ「魔弾の射手」鑑賞
年間を通して休むことなく稼働し続けるこの劇場は、音楽という命をもったウィーンの象徴。
この日を愉しみに正装の学生たちの緊張した姿も初々しく微笑ましい。

世界中から一流の演奏家が集まるこの歌劇場で迫力の歌、そしてウィーン・フィルの本物の音に触れる喜びと感動…深く音楽と向き合いながら過ごしています。


〝こころを閉ざすことなく、窓をひらいて学びましょう″
研修三日目の朝、いよいよピアノ専攻Prof.Von.Zaubnerクラス開始。
最初にクラス全員で演奏に必要な様々な意識を確認してゆく。
演奏の振返り、理想とする音のイメージ、作品解釈、楽器との向き合い方、音色・響き、色彩のためのペダル…問題点を具体化しながら学生の音楽性を引き出し、ひとりひとりの考えを尊重しながら進んでゆく。秩序をもったアドバイスの積み上げに学生の表現は静かに開花してゆく。
学生たちはこのアカデミーで、音楽家としての第一歩をスタートする。


〝休符にも表現の為の大切な意味があるのです″
声楽専攻は、Prof.Buschクラス、ソロ・コレぺティツィオンの授業に入る。
舞台表現として作品と演奏を結びつける重要な学びを得ます。発音から解釈、楽譜からの裏付け、リアライズされる表現にふさわしい音色などが具体的に提示される。その豊富な提案と展開の速さに学生たちは驚いた様子。問題の具体的な解決方法を知り、次第に明るく表情豊かに歌いあげている。

〝モーツァルトの話法で″
ホルン専攻Prof.Altmannクラス。アカデミーの林先生の言葉「フルトヴェングラーと話しているような」先生とのモーツァルト協奏曲のレッスン。「重さのある楽器だね、しっかり構えて」「安定した呼吸とブレスを」「お腹から息を」と息をつく間もない。
細身の学生だが次第に楽器の音は身体を離れて自由に動いてゆく。深く身体を使うには“スタミナ”も必要。トリル、スラーの扱い、Vorhaltに関わる演奏のしかた、細かい音型でのモーツァルトの歌い方・語り方=音楽語法のアドバイスにより、立体的に音楽が整理されていた。

〝打ち込む″ではなく〝返す″時間を
打楽器専攻生待望のProf.Mittermayrクラスのレッスンは、先生がウィーン・フィルのリハーサルに入る前の早朝に組まれています。現役ウィーン・フィルの打楽器奏者から学ぶというアカデミーならではのクラス。
最初に基礎訓練の徹底。リズムと拍感、腕の使い方と筋肉の反応スピード、肉体と直結した小さなブレを見逃さない、鋭い眼差しが学生の手元に注がれている。翌日のレッスンでは、各楽器の音色や質、響きに対する具体的な指示が増え、学生のしなやかな反応が伺えた。「楽器を打込む意識ではなく、返す時間を大切に」…次第に学生の気持ちに余裕が生まれ、バッハ、ベートーヴェンの作品に音が同調してゆく。


♪楽器と親しくなる
アカデミーには、ベーゼンドルファー、スタインウェイ、ヤマハの各社のピアノがあり、レッスンや修了演奏会、その機会に応じて楽器が選択される。学生にとって弾き慣れない楽器でも、各々の楽器の個性や違いは一聴瞭然。「きちんと楽器を弾きこなす訓練と技術を身につけましょう」(林先生)。
ベーゼンドルファーでのゲネプロ後、ピアノ専攻生が演奏を振り返り「楽器と仲良くなれなかった・・・」と残念そうなひと言。先生方の手にかかるとどの楽器も美しい倍音で響きますが、学生には時間が必要なことでもある。挑戦することが研修、ここでの全ての経験が財産になる。

♪日曜日の音楽
研修も半ば、学生たちの日常は活発になり、練習以外の自由時間を利用して、オペラや演奏会、美術館へと毎日出かけている。日曜日はウィーンのもう一つの重要な音楽である「教会音楽」に触れることができる日。早朝からほとんどの学生が王宮礼拝堂へ。ウィーン少年合唱団・シュテファン寺院、アウグスティナー教会でシューベルト・モーツァルトのミサ曲を聞きに出かけている。

〝舞台表現としての響きを″
二週目の朝はProf.Sigelクラス声楽専攻生の朗読法から。
骨やからだの共鳴する腔間をすべて開放するところから始まり、それぞれの歌詞の韻律に合う速さで身体を使って朗読してゆく。ドイツ語詩の根幹を成す「韻律」の基本型を学ぶことができる。舞台表現として美しく朗読すること…舞台女優でもあるProf.Siegelのレッスンは身体全体の連動で明確に発語するアクティブな時間。


〝すべての型を知ることから″
待望の音楽創造専攻Prof.Hauzerのクラス。
「白梅」と題した学生自身の作品はベーゼンドルファーでの演奏を想定して幅広い音域を使って作曲されている。
〝音楽創造″は自由な表現であるが、人間のもつ共通意識から、いくつかの表現の「型」がある、とProf.Hauser。「最初にすべての型を学びなさい」…学生は具体的な各型の基本リズムや音楽語法のアドバイスを受け自らの力で挑戦していく。

♪聖地へ
中央墓地<音楽家墓地32区>に眠る偉大な作曲家たち。この街が果たしてきた役割・使命を目の当たりにする学生たち。今年は世紀末100周年記念。東邦ウィーンアカデミーは歴史の継承者を育てる最前線でもある。
ベートーヴェン研修では、ウィーン郊外を訪れ「ハイリゲンシュタットの遺書」を書くに至った彼の苦悩を辿り、ザルツブルグ研修では、モーツァルトの生誕地を歩き、当時と変らない街並みで歴史や文化遺産に触れる。
ウィーン・フィル専属のドライバーさんとの安全快適な移動。
祝祭大劇場では2週間後に迫る音楽祭の準備が進んでいた。キーシン、ポリーニ、シフ、バルトリ、カウフマン…リサイタル・オペラと人気の公演が予定されている。

 
 
 

〝後ろ向きにならずに前に向かって″
ウィーンアカデミー修了演奏会。
Prof.Schӧn、Prof.V.Herbich、Prof.Siegel、林敏子先生をお迎えして。
全てのレッスンの通訳を務められた林千尋先生から「先生方の指導で学んだことを生かし、失敗を恐れずに前に向かった演奏をしてください」と力強い開演の挨拶をいただく。
二週間を共に過ごした仲間たち…お互いの成長した真剣な姿に刺激を受け、白熱した演奏が続いた。

♪アカデミーの日々

研修中はグループで分担して朝食を準備。街での小さな発見を話題に明るい笑顔。朝食後は、全員でそれぞれが担当する場所をていねいに掃除し、一日の気持ちを整えます。

 
 
 
 
 

♪研修後記
全ての研修を終えて無事に帰国。
ウィーン研修では歴史・美術・文化遺産の全てを通じて、この街が育んできた全ての音楽の“現在”に直接触れることができます。2018年ウィーン世紀末100年の今、世界中からウィーン出身の作曲家たちの作品も集められています。歴史と共にある街=コンテンポラリーであるこの街で、その空気に触れ呼吸するように音楽をし、全ての瞬間に深く共鳴しながら自分を見つめる学生たちの姿が印象的でした。
ウィーンアカデミーは2020年創設30周年を迎えます。
この大学3年次研修を始めとし、大学院1年次研修、年2回のKonzertfach(演奏専攻)ウィーン特別研修と、最前線でこのアカデミーは重要な意味をもっています。日本とウィーンでプログラムされる学び、歴史の後継者を育てる、世界標準の音楽教育の現場は、学生たちの真剣なまなざしと明るい笑顔で溢れています。

最後に。ウィーンアカデミー研修に立ち合うことは、彼らの研修の証人でもあります。寄宿学生として私自身留学時代を過ごしたこの地は、今も音楽芸術の中心であり、各専門分野の国際研究機関、国連関係本部を擁し、その機能と国際的役割を果たしています。5年ぶりのアカデミー同行は、これからの音楽専門高等教育に深く関わるものになりました。
学生たちと共に、アカデミーの先生方に深く感謝いたします。

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