[東邦音楽大学音楽療法専攻ウィーン研修日記]
私は、2007年2月26日から2週間、音楽療法専攻学生のウィーン研修に、引率教員として同行しました。以下に、音楽療法関係の研修を中心にご紹介しましょう。
2月27日
午前は、林千尋先生のオリエンテーション、およびオーストリア事情についての講義。
午後は、ウィーン市内見学。日本語が堪能な現地ガイドのクラウスさんの案内で、シェーンブルン宮殿の内部の見学。その後、市内中心部を車窓から解説つきで眺める。最後は、中央墓地で作曲家たちのお墓参り。クラウスさんの解説はユーモアも交えてとても面白く、一同、すっかり引き込まれる。
2月28日
今日から3日間、アンゲリカ・タイヒマン先生(ウィーン国立音大の音楽療法の教授)の「グループによる音楽療法」というワークショップ(体験つき授業)。通訳は林先生。
タイヒマン先生は長身で、もの静かで優しく、配慮に満ちた人で、熟練した心理療法家・音楽療法士としての風格が漂っている。
最初は、グループに分かれて、あるテーマを表す即席の音楽作りを試みる。テーマは、自分の内面にあるが、普段は外に現わしていないような感情を、グループで相談して選ぶ。
ウィーンアカデミーには、音楽療法用の楽器(太鼓の類、鉄琴、木琴、シンバル、どら、小型のハープ等)が備えられている。即席の音楽づくりには、これらの打楽器が使われる。
相談の後、各グループが演奏を披露。演奏後、聴いていた人たちが、その音楽がどんな感情を表しているのか、自分なりに考え、それを言い表してみる…こうした体験を通して、音楽と感情とのつながりについて、体験的に学ぶことになる。
タイヒマン先生は、グループ各自の参加者の発言を巧みにひきだし、参加者の自由な発想と他者への共感性を高めていく。
3月1日
タイヒマン先生のワークショップ、2日目。
今日は声の活動から。両手を挙げて伸びをする。ため息のような声をあげながら両手と頭を下げる。何度かしているうちに、身体がリラックスしてくる。
次に、二人組みになり、背中をぴったりと合わせる。声を出しながら、背中をもぞもぞと動かして、二人で「背中と声での会話」をしてみる。背中が暖かくなって、とても気持ちよい。
次に、全体でいっせいに自分にとって「心地よい声」を出してみる。期せずして、同じひとつの音になる。
続いて、太鼓を使う課題。参加者全員が、手で持てる小型の太鼓をもち、部屋の中を一斉に、自由に歩き回る。自分がもっとも心地よい、と思うテンポで歩き、それに合わせて太鼓もたたく。タイヒマン先生から、次第に一つのテンポに集約していくように、との指示がある。段々ひとつのテンポになっていく…そして、グループ全体の今日のテンポが決まる。その後、このテンポを使って、打楽器による全体での即興を行なう。
3月2日
タイヒマン先生のワークショップ、3日目。
全員が、部屋の中を自由に歩きながら、自分にとってぴったりくる声で即興で歌う。全員の声が溶け合う。
次に、一同が丸くなってたち、その中心に一人の参加者が立つ。みんなで、先ほどと同じように即興の歌をうたうのだが、その時、中央に立つ参加者の名前を、繰り返される歌詞のようにして、歌う。アカペラの教会音楽のようになる。終わった後、中央に立った参加者からの感想を聞く。身体が熱くなり、心地よかった…とのことであった。
最後は、タイヒマン先生の指揮で、全員による、楽器をつかった即興演奏。
タイヒマン先生は、参加者が「音楽体験から沸き起こった感情を言葉で語る」ことを重視していた。「言葉で語る」作業を通して、参加者が「自分の『気持ち』を言葉で説明できるようになる」のをめざしていた。
「音楽によって内面から湧き出る感情の体験」と「それを言葉で語ること」。この2つは、音楽療法士が成長する上でとても大切な経験だ。そのことが実感される、充実した3日間の授業だった。
夜は一同で国立オペラ座へ。「椿姫」をみる。見事な公演にうっとり。
3月3日
今日は、リタ・クラーヴィンクラー先生の「楽器による身体」というワークショップ。自分の身体、声、に気づき、よりよく機能させるためのさまざまなエクササイズを経験する。
先ずは、立ったまま、声を出しながら脱力して、上半身を前に曲げる。
今度は、参加者が皆二人組になる。1人が後ろに倒れこみ、もう一人がそれをしっかりと支える。
何回か、倒れてみる。息をつめて倒れる。声を出しながら。目を閉じて。目を開けて……色々やってみると、同じ倒れる経験も、全く違う印象である。
次は、二人組みで。一人は横になり、もう一人が相手の頭、足、腕をマッサージする。そのとき、マッサージする方もされる方も、ともに声を出しながら行なう。する方もされる方も、とても気持ち良い。
その他、二人組みで背中合わせで立って声を出し、「相手に声をあげる」「相手から声をもらう」練習、声を出しながら起き上がる練習、立つ練習、歩く練習、なども行う。
自分の声と身体を再発見できた、素晴らしいワークショップであった。
3月4日
今日は、トゥセック先生(ウィーン交通事故病院の音楽療法士)の講義、「音楽療法における人類学」。
トゥセック先生自身が担当した症例の紹介を交えた、たいへん深い内容の講義だった。とくに印象的だったのは、中東や東ヨーロッパからウィーンに移住してきて、病を得て入院している人たち(ドイツ語をほとんど話せない)に対する音楽療法の話。音楽によって、対象者とトゥセック先生との間の交流がなされていく様子が、とても感動的だった。
3月5日
今日は、バルトル先生の講義、「心理学入門」。
バルトル先生は医師で、音楽療法にも深く関わり、音楽と健康に関する独自の理論を持っている。
今日の講義は、人間の発達、心身医学、それらと音楽との関係について。明快でエネルギッシュ、それでいて暖かい語り口の、とても良い講義だった。
他に、音楽史跡研究・美術史美術館での絵画鑑賞(林先生の博覧強記・名調子の解説に、学生一同引き込まれました)、ザルツブルグでの1日研修、ムジークフェラインでのコンサートなど、充実した研修が行われました。
この研修に同行して再認識させられたこと…それは、音楽療法における「身体」と「言語」と「音楽」の3つの要素についてです。
まず、「身体」。
自らの身体に気づくこと。身体が語るもの(心地よい感じ、違和感、自然な感じ、不自然な感じ、等々)に敏感であること、それら身体が示すサインが語ることに気づくことが、自分の本当の気持ちに気づくことと関係している、ということを実感しました。これは、とくにクラーヴィンクラー先生の授業を通して教えられました。
次に、「言語」。
内なる思い、えもいわれぬ感情を、言葉で表現すること。それが、自分の気持ちに、本当の意味で気づくということに繋がる、ということ。このことは、タイヒマン先生の授業を通してとくに学んだように思います。
そして、「音楽」。
自らの身体、自らの心の奥底から、音楽を流れ出させること。そして、自分の発した音楽に耳を傾けることを通じて、自分の気持ちに気づいていくこと。そして、音楽そのものを信ずること……このことは、この研修全てを通して学びました。