ピアノ:浦川玲子先生の教員レポート

2017年度第2回ウィーン研修の引率をして参りました。今回はピアノ専攻8名、ユーフォニウム専攻1名、メディア・デザイン専攻9名による計18名、男女比5対13のグループ構成です。学生たちは2週間の研修期間中にさまざまな体験を重ね、感動を味わっていきます。ウィーン研修の内容について項目ごとに詳しく報告しますので、読者の方々にも擬似体験していただければ幸いです。

<出発>
第1日目 5月23日(火)

主グループ羽田組は早朝6:50羽田空港国際線ターミナルZカウンター集合。スーツケースの中にモバイルバッテリーが入っていないかどうかを確認!リチウム電池を内臓するバッテリーはこの場でスーツケースから出して機内持ち込み手荷物へ入れなければならない。はやる気持ちを抑えて対処完了。チェックインカウンターへ移動して荷物を預け、搭乗券を受け取る。ベルトコンベアーに乗せられ運ばれていくユーフォニアムを見届け、WiFiレンタルや記念撮影など出発前のひと時の後、セキュリティーチェックと出国審査を経て、ブリティッシュ・エアウェイズ機へ搭乗となる。同日現地時間18:50ウィーン・シュベヒャート空港にはロンドン経由の主グループが一足先に到着、アムステルダム経由の副グループも15分後の19:05に定刻着となり、荷物受け取りターンテーブル前にて全員が笑顔で合流した。研修が順調なスタートを切ったことにひとまず安堵。空港から東邦ウィーンアカデミーへと向かうバスの窓からは、ウィーンの街が眩しくも淡い夕陽の色に染まって見えた。東邦ウィーンアカデミーに到着、林千尋先生の出迎えを受ける。

日本へ出発

<ウィーン市内見学>
第2日目 5月24日(水)

ウィーン滞在開始後、一同が迎える最初の大きなイベントは、午後の時間を丸々費やしてのウィーン市内見学ツアーである。やや肌寒さを感じ雨もパラつく天候の中、人気ガイドのクラウスさんによるエスコートでまず向かったのは、オーストリア・ハプスブルク家の夏の離宮シェーンブルン宮殿である。マリア・テレジア・イエローと呼ばれる、実に温もりのある黄色の外壁が目を引く。今回、私たちはハイライトツアーという見学コースに参加する。一人ずつ入場ゲートをくぐり、いざ、宮殿の中へ。豪華な壁面装飾や天井画、スワロフスキー製のシャンデリアに圧倒され、あまりに広大で迷子になりそうなほどである。印象的であったのは「青い中国の間」という小さな部屋を訪れた時のこと。クラウスさん曰く、シェーンブルン宮殿内には日本にまつわる部屋がない。なぜか?ーー理由は、日本は江戸時代に<鎖国>をしていたため、日本の美術品や貴重品がハプスブルク家に持ち込まれることがなかったから。実にその通りの歴史を日本は歩んできたわけだが、その事実をこの場でこのような形で再認識し、軽くため息をつきたい気持ちになった。しかしながら、宮殿を取り囲む広大な庭園の一角には、知る人ぞ知る日本庭園が設けられているのである。見学ツアーを終え、このシェーンブルン宮殿を始めとするハプスブルク家の数々の遺産が、今日の観光立国オーストリアを支える基幹となっていることを実感した。とにかく、すごい!の一言である。
次に訪れたのは、音楽家の墓地として有名な「中央墓地」。市街地からはかなり離れた南東部に位置している。正面入り口から幅広い並木道を300メートルほど進むと、左側の敷地の一角に、ベートーヴェンやシューベルトをはじめとする多くの大作曲家が眠っている。墓碑に設えられた美しい花壇の前に観光客は歩みを止め、遠い時代に生きた作曲家へと想いを馳せる。広大な墓地の周囲には建物の影はなく、まるで天界に突き抜けていくかのような錯覚に陥る。
一行はバスで帰途につき、以上の行程で約3時間30分のウィーン市内見学の終了となる。

ウィーン市内見学
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中央墓地

<レッスン>
第3日目~第11日目 5月25日(木)~6月2日(金)

第2回研修のレッスンを担当してくださるのは、メデイアデザイン専攻はハウザー先生、ピアノ専攻はシェーン先生とファン・ツァーブナー先生、ユーフォニウム専攻はヤイトラー先生である。
メディアデザイン専攻は講義形式での受講となり、9名全員が常に場を共有しながら進められていった。ハウザー先生はピアノやiPadを駆使しながら、わかりやすい言葉で丁寧に講義を進めてくださる。さらに学生たちは、各自の作品を発表して批評を受ける、他の人の作品を批評する、あるいは小グループに別れて一つのコマーシャル作品を限られた時間内で作成するなど、多くの時間をかけて一致団結して学んでいった。
ピアノ専攻は、それぞれの先生のグループによりスケジュールが異なっていたが、手の空いている者が他のグループのレッスンを聴講する場面も多く見られた。ファン・ツァブナー先生は明るく情熱的に、シェーン先生は優しさと包容力で、学生たちの演奏をより良い方向へと導いてくださる。また、8名全員で受講したピアノ指導法の授業では、ファン・ツァブナー先生の問いかけから思考を巡らしたり、今までに出会ったことのないテキストに触れるなど大いに刺激を受け、将来ピアノを教えることがあるであろう学生たちにとって必要不可欠な知識や新たな気づきを得る機会となった。
ユーフォニウム専攻はマン・ツー・マンの丁寧なレッスン展開となった。ヤイトラー先生の発案で、初見で二重奏曲を先生と一緒に吹く貴重な機会も設けられ、充実した時間となった。また、修了演奏会でその成果が披露されることとなった。

レッスン ハウザー先生
[ ハウザー先生 ]
レッスン ハウザー先生
[ ハウザー先生 ]
レッスン ファン・ツァーブナー先生
[ ファン・ツァブナー先生 ]
レッスン シェーン先生
[ シェーン先生 ]
レッスン ヤイトラー先生
[ ヤイトラー先生]

<ウィーン国立歌劇場>
第4日目 5月26日(金)

全員でウィーン国立歌劇場でのオペラを鑑賞する日。午前中はアカデミー内にてオペラ解釈の授業、今晩上演されるベートーヴェン作曲の歌劇「フィデリオ」について詳しく学ぶ。勧善懲悪のストーリー構成、マーラーが取り入れたことで有名な”レオノーレ序曲第3番”についてなど。続いて、楽曲解釈の授業ではウィーンでレッスンを受ける際に必要な知識、時代様式と演奏解釈について学ぶ。19:00の開演に間に合うように、1時間前にアカデミーを出発。開演間近の劇場の周辺は人々で賑わいをみせている。建物の外観も豪華だが、内装の絢爛豪華さにとにかく圧倒される。居合せる人々のフォーマル・ファッションも見応えがある。私たちの座席は平土間の前から4~5列目の特等席、舞台の全貌が見渡せ、オーケストラピットにも手が届きそうな距離である。各席の前に字幕スーパーの機器が備え付けられ、残念ながら日本語ではないが、ドイツ語あるいは英語で歌詞を追うことができる。さて、幕は開き、ソリストの歌い手たちの素晴らしい美声はもちろんのこと、合唱の研ぎ澄まされたアンサンブル、豪華な舞台装置や凝った衣裳、そしてオーケストラの熱い演奏にすっかり惹き込まれていった。ベートーヴェンという作曲家は、何と壮大な人間ドラマを描いたのであろうか!感動!オペラを観終わり、ベートーヴェンが音楽を通して言いたかったことが何であったのかを、直感的に理解できたような気がして心が温かくなった。ベートーヴェンが世界中の人々に愛される理由もそこにあるように思える。非日常の余韻のせいだろうか、帰り道の皆の足取りも軽やかであった。

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ウィーン国立歌劇場
ウィーン国立歌劇場

<ウィーンの日常生活>
東邦ウィーンアカデミーでは、グループ全員による共同生活を送る。朝のパン買い出しに始まり、食材や日用品の買い出し、食事のセッティングと片付け、館内の共有スペースの掃除を役割分担して行う。徒歩数分の場所にパン屋さんやスーパーマーケット、ショッピングアーケードがあり、買い物にも便利。学生たちの順応力は高く、数日が過ぎる頃には暮らしのペースにもすっかり慣れる。

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<音楽史跡研究と文化史体験>
第9日目 5月31日(水)

待ちに待った遠足の日がやってきた。ベートーヴェンの足跡巡り、美術史美術館の絵画コレクション部門の見学、由緒あるカフェ・モーツァルトでの昼食休憩というスケジュール。さらに、夜には日本食レストランで食事の後、コンツェルトハウスの大ホールにてウィーン交響楽団の演奏会を聴くという、盛りだくさんな一日である。
ウィーン市内の至る所に「ベートーヴェンの住んだ家」が歴史的建造物として保存されている。今回見学した「ハイリゲンシュタットの遺書の家」は市の北西部にある。ウィーンの森の入り口にほど近いこの地域は、中心部の都会の喧騒からは遠く離れ、古き良き家並みが残り豊かな自然に囲まれている。ベートーヴェンが通った扉、昇った階段、暮らした室内、低い天井、窓からの眺望、小さな中庭の片隅の井戸も往時のままに残されている。木立ちをそよぐ風の音とやさしい陽の光に包まれた住処に足を踏み入れ、作曲家が生きていた200年前の時代に思いを馳せるのは、なんという贅沢な時間の旅であろうか。
ウィーンのカフェ文化には長い歴史がある。旧市街一等地に立つカフェ・モーツァルトで、コース料理の昼食を全員で味わう。スープはフリッターテン・ズッペ、メインはウィーナー・シュニッツェル、デザートは各自お好みのケーキを選び、コーヒーや紅茶やソフトドリンクで締めくくり、胃袋感は満点。ユーゲントスティール様式の店内の雰囲気も満点。
王宮の広い敷地内を徒歩で横断しながら、次なる目的地、美術史美術館へと向かう。自然史博物館と対をなす威風堂々たる外観、広い中庭に君臨するマリア・テレジア像に見下ろされている気分。観光客を狙う路上スリにだけは注意しつつ、館内へ。
美術史美術館の絵画コレクション部門には、歴代ハプスブルク家の当主が収集した名画の数々が、惜しげもなく展示されている。フェルメールの名画「絵画芸術」は保存のためにしまわれていることも多いが、今回はしっかり展示されていたので観られてよかった。この美術館の建物はとにかく広く、豪華絢爛の極みとはこういうことかと納得してしまう。ミュージアムショップでは様々なグッズも売られ、収蔵品からヒントを得てデザインされた銀のアクセサリーが可愛い。
日本食レストランでの夕食は幕の内弁当。靴を脱いで座敷に上がることに、ちょっとした懐かしさを感じる。久しぶりの日本の味が素直に嬉しい。
コンツェルトハウスは市立公園駅から歩いて3分ほどの立地。館内は観客でごった返し、ウィーンの人々の音楽への愛情をひしひしと感じる。ウィーン交響楽団とピアニストのルドルフ・ブーフビンダーの弾き振りによるベートーヴェンのピアノ協奏曲を堪能し、エネルギーをもらった。帰りの夜空のてっぺんに細い三日月が映えていた。

音楽史跡研究と文化史体験
音楽史跡研究と文化史体験
音楽史跡研究と文化史体験
音楽史跡研究と文化史体験
音楽史跡研究と文化史体験

<修了演奏会>
第11日目 6月2日(金)

全員、朝から緊張し、バタバタ過ごす。スケジュールが少し前倒しになり、午前10時30分に修了演奏会開演。18人全員が演奏あるいは作品を発表し、聴き合い、拍手を送る。無事に全員の演奏・発表が終わり、一同解放感に包まれる。
お昼のサンドイッチ・パーティー兼ティー・パーティーが済んだ後は、研修のまとめのレポート作成に取り掛かる。今回の研修で学んだことについて、複数の項目を挙げながら述べるというもの。皆、書くことが得意なようで、文字通りさっさと書き進めて提出完了。
夕食は全員揃ってレストランに行き、ノンアルビールやソフトドリンクで乾杯の後、地元の名物料理を味わう。大皿に載った料理の一つ一つがとてつもなくビッグサイズで食の格闘技の感があり、文化の違いに驚く。夕闇の下のテラス席は地元のお客さんで大賑わい、花の金曜日は日本もオーストリアも同じなのかなとふと思う。

修了演奏会
修了演奏会

<ザルツブルク日帰りの旅>
第12日目 6月3日(土)

晴天、絶好の観光日和となりそうである。朝7時に全員出発、バスでザルツブルクへとひた走る。車窓から眺めるオーストリアのなだらかな丘陵に気分が和む。サンクト・ギルゲンという町のヴォルフガング湖の岸辺で水と戯れていると、白鳥が人に餌を求めて寄ってくる(餌はないのであるが)。湖の向こうには山々が連なり、静かで美しい。湖沼地帯一帯はザルツカンマーグートという名で有名である。
ザルツブルクの街では、サウンド・オブ・ミュージックでも有名なミラベル宮殿の美しい庭園、モーツァルトの父の家「タンツマイスター・ハウス」の内部を見学した後、徒歩で橋を渡って旧市街へ入る。生まれて間もないモーツァルトが洗礼を受けたというザルツブルクの大聖堂は、「教会の日」のイベントのためのライトアップが施され、大型モニターが所狭しと置かれていた。中心地にあるモーツァルトの生家を訪ねると、昔のままに保存されている石造りの建物の質感に、本物の歴史を感じる。内部の展示物も充実している。クラシック音楽に携わる者にとっては<聖地>といえるのではないか。世界各国からの観光客たちが巡礼者のごとくモーツァルト生家に押し寄せている。モーツァルトが生きていたら何と言うだろうか?
ザルツブルクはその名の通り塩の生産と流通で栄えた街であるので、名産品は塩、そして、モーツァルト・チョコレート。ザルツブルクにのみ店舗を構える老舗Fürstは、元祖モーツァルト・チョコレートを生み出したお店として知られている名店。銀紙に青いマークが目印で、その作りたての風味はここでしか味わうことができない。
自由行動の後、後ろ髪を引かれつつも帰途へ。全てが順調に進み、定刻5分前の夜8時55分に帰着。ガイドのクラウスさん、ありがとうございました。よい一日だった。

音楽史跡研究と文化史体験
ザルツブルク
ザルツブルク
音楽史跡研究と文化史体験

<日本へ出発>
第14日目 6月5日(月)

早朝5時に全員集合。その前に荷物の搬出と館内清掃を終わらせておくために徹夜組もいたが、皆とにかく体力はある様子。林千尋先生と敏子先生にお世話になったお礼と挨拶をして、空港へ向かう。主グループ羽田組はロンドン経由、副グループ成田組はアムステルダム経由となるため、ウィーン・シュベヒャート空港で二手に分かれる。主グループはロンドン・ヒースロー空港での乗り換えの際、敷地の広さとセキュリティチェックの厳しさは覚悟していた以上のものであったが、皆で協力して早足でとにかく前へ前へと進む。羽田行きの便に搭乗し、あとは飛び立つだけとなった時の安堵感。翌6月6日(火)早朝、主グループは無事に羽田に到着。ゲートを出たところで最後に全員集合し、解散となった。副グループも無事に成田に到着との知らせが入り、これをもって第2回ウィーン研修のプログラムは全て終了となった。

日本へ出発

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