芸術の秋、読書の秋 ~野平一郎先生の著作より
先日まで美しく紅葉していたグランツザール周辺の桜の木が、まるで冬支度を急いでいるかのような装いになりました。
先月のミュージックフェスティバル、大学4年生の八ヶ岳での演奏ビデオ収録、そして短大2年生の沖縄への演奏旅行も無事に終わり、学生達は落ち着いて1月の試験に向けて励んでいるところです。
私には、秋になると口ずさみたくなる詩があります。
秋 (八木重吉詩)
秋になると
ふとしたことまでうれしくなる
そこいらを歩きながら
うっかり路をまちがへて気づいた時などは
なんだか ころころうれしくなる
コロナ禍の中、自然はまったくお構いなしに美しい姿を見せています。
小さなこと、ふとしたことにも心を留め、そこに喜びを持てたなら何と幸せでしょう。
そして重吉のように「なんだかころころ嬉しくなる」という軽やかな心も持ち続けたいものです。
さて、秋は読書の季節でもあります。一冊の本をご紹介しましょう。
今月30日(火)に行われる大学院生特別講座でレッスンをお願いしている野平一郎先生の著書『作曲家から見たピアノ進化論』です。野平先生は作曲家・ピアニスト・教育者として世界的に活躍していらっしゃるだけでなく、静岡音楽館AOIと東京文化会館の芸術監督などの要職も務められ、日本の音楽界を牽引していらっしゃいます。レパートリーはバッハから現代作品まで。ソロだけでなく伴奏やアンサンブルでも欠かせないピアニストです。
この本は、野平先生の途方も無い知識量と豊富な経験を通して、バロックから現在までの作曲家・作品・ピアノ(楽器)の関係が論じられています。まず「ピアノは今、どのような立ち位置にいるのだろうか? 進化の途中なのか、絶頂期なのか、それとも下降線を辿っているのか?」という投げかけから始まり、それに答えるような形で進められます。それを、野平先生は作曲家と演奏者の両方の視点からの興味深い切り口で明快に述べています。それは、私達に多くの作曲家をあらためて見直す機会を与えてくれます。さらに作品を演奏する際のヒントも、たくさん見つけることができるでしょう。
最後に、現在ホールに設置されているピアノはほとんどがスタインウェイかベーゼンドルファー、加えてヤマハかカワイと画一化されているが、この画一化は作品やピアニストにも当てはまるのではないかと危惧しています。その一方でイタリアのファツィオリが伝統と新しいテクニカルを融合した楽器を制作したように、これから新しいスタイルものが生まれてくるのではないかと将来への期待感を滲ませています。
200ページ余の本ですが、読みごたえのある一冊です。ご一読をお勧めします。